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オリジナル小説『私イズム!』第13回。

第12回はこちら。


第四章
[よろけた時には必死にレバガチャ] その1


 話し声がする。

 そんなに大きな声ではない。
 むしろ、人に聞かれたくない話のような、そんなひそひそ声のような気さえする。
 それでも、聞こえない程ではないその声は、確実に耳に入ってくる。
 だから、自然と耳を傾ける。

「……どうして、止めなかったの~?」

 これは……幸果さんの声。
 いつものほんわかとした……けど、ちょっと責める様な、そんな雰囲気を孕んだ声。

「いやその……一度挫折を味わうのも、成長の糧になるかなぁ……って」

 会話の相手は、菜射さん。
 ちょっと元気が無い。

「それはそうだけど~タイミングってモノが有るでしょ~?そんな大勢の人の前で、しかも燕ちゃんが相手だなんて……あの子、手加減知らないのに~」
「だから、悪かったよ…。どうせなら強いヤツと…って思ったからさ、絶好の機会だと思っちゃったんだよ」
「もう……あなたは、自分が強いから、他人もそうだと思いすぎな所が有るわよ~」
「いやでも、愛名も結構腕を上げて来たし、そろそろあのレベルと戦っても……」
「そういう意味じゃなくて~……心、の話なんだけどね~」

 幸果さんは大きくため息を吐いた。

「………?よくわかんねぇけど、まあアレだ、アタシも悪かったけど、過ぎた事は仕方ないって事でこれからの事を考えようぜ。…あの感じだと、もう大会出るのやめるとか言い出しかねないぜ?」
「う~ん……それは困ったわぁ~今から他のメンバー探すのは大変だし~…なによりも、私、あの子と一緒に出たい!って思っちゃったのよね~」

 ……幸果さんが、私と一緒に?
 ただの数合わせじゃなくて?

「それは、アタシも同感。愛名に見せてやりたいし、味わわせてやりたい。あの空気を、あの感覚を、あの世界を……!」

 菜射さんまで……。

「アイツを見てると、格ゲー好きだ!って気持ちがすげぇ伝わってきて、なんか嬉しくなるんだよなぁ………。ああいうヤツにこそ、格ゲーの本当の面白さとか、格ゲーがくれる喜びとか、そういうものを、全部知って欲しい……とか思うんだけど…変かな?」
「ううん~。私も、そう思う~」

 空気が柔らかくなるのを感じた。
 心に刺さった棘が、少し抜け落ちたような、そんな感覚が――――――

『あなたのような素人が、幸果のチームメイトの資格は無い、です。この弱者』

「………っっ!!」

 ガバっ!と体を起こした。
 心臓が、早鐘のように脈打っている。
 愛名は、周囲を見回す。
 …ここは、秘密基地?

「おぉ……急に起きたな」
「大丈夫~?」

 声に振り向くと、そこには菜射と幸果。

「私……どうして…?」

 愛名の頭の中に、先ほどのゲーセンでの出来事が浮かぶ。

「ああ……そういえば…」

 急に走ったから貧血になって倒れたのね……運動不足ですわ…。

「いきなり倒れるからびっくりしたよ。もう大丈夫なのか?」
「はいこれ~」

 心配そうに近づいてくる菜射と、コップに入った水を差しだす幸果。

「あ、はい…すいません。ご迷惑をおかけします」

 水を受け取り、一気に飲み干す。
 どうやら、相当喉が渇いていたらしいと、その時初めて気づいた。

「気にすんな気にすんな!愛名は軽かったし!って言うか、もうちょっと太った方がいいくらいさ」

 菜射が、愛名の背中をパンパンたたきながら言った。
 けれど、そのセリフの一節を、愛名は聞き逃さなかった。

「「軽い」って……もしかして、菜射さんが一人で私を運んでくれたんですか?」
「おうともさ!時にはおんぶ、時にはお姫様抱っこで、電車で二駅、さらに徒歩で十二分だ」

 その様子を想像して、愛名の体温が、カ~ッ!と上昇する。

 そして次の瞬間、サ~…と急降下。

(……家や学校の関係者に見られてたらどうしよう……)

 だが、菜射はそんなこと全然気にしてないように話を進める。

「まあアレだ、とにかく、大事が無くて何よりだ!どうする?今日はもう帰るか?それとも、ちょっと特訓してくか?負けた後は、直ぐに研究!これ大事!ってな」
「ちょっと!菜射ちゃん~!」

 あまりにもあっけらかんと「負け」と言う言葉を口にする菜射を、幸果がたしなめる。
 けれど、愛名は、その事はもう、それほど気にしていなかった。

 なぜなら…………

「……今日は、もう帰ります。……そして、もう来ません…。申し訳有りませんでした」

 もう、愛名の心は決まっていたから。

「ちょっ…ちょっと待てよ愛名!なんでそんな事言うんだよ!」
「そうよ~。考え直してよ~」

 二人が、引きとめてくれる。
 優しいから。
 優しいから、引き止めてくれる。

「……私は、思い知りました。自分の実力を。だから…」
「なに言ってんだよ!まだ一回負けただけだろ?それで諦めるなんて…!」

「………普段なら、そうかもしれません…。けれど、大会まで後一ヶ月しかないんですのよ?そんな短期間で、本当にあのレベルまで辿り着けるんですか?」

「………そりゃあ、正直言って、難しいとは思う。けどさ、アタシとゆっか姉で鍛えれば、何とかなるって!なぁ!」
「そうよ~。私たちが全力でサポートするわ~だから~」

「だから、ダメなんです!」

 搾り出すような、叫び。
 愛名の心の内側から、あふれ出た感情。

「私の特訓に付き合ってたら、お二人は自分の練習が出来ないじゃないですか!全国大会なんですよ?皆が、そこに焦点を合わせて仕上げてくるんですよね?なのに、初心者の特訓なんてしてたら、勘が鈍ってしまいます!」

「そ……」
 
 菜射は、何か言おうとするが、言葉が続かない。
 愛名の言葉の正しさに、気付いてしまったから。

「……失礼します。今まで、ありがとうございました…!」

 愛名は立ち上がり、側に丁寧にたたんで置いてあった上着を羽織る。
 そして、無言で玄関まで歩き、ドアに手をかける。
 菜射と幸果も、無言で後ろを付いて来る。
 二人に、深く頭を下げ、ドアを開ける愛名。

 ………だが、そこで動きが止まる。

 思い出す。

 菜射に出会って、幸果に出会って……それからの、あまりにも楽しかった日々を。
 抑え付けられ、自分を偽ってきた今までの人生が、突然開放されたような……人生で、最も満たされていたと思えるほどの、輝いた時間。
 それが、痛いくらいに後ろ髪を引っ張る。
 でも、行かなければならない。
 この大切な友人たちの事を思えば、きっと自分は邪魔だから。
 二人の、そして格ゲープレイヤー達の、本気を知ってしまったから。

 皆にとって、格ゲーは遊びじゃない。
 真剣勝負だから…!

 ………………………けど……だけど……!

「あ……あの!」

 愛名は、振り返る。
 何を言うかも決まっていないままに、振り返る。

「………………大会、頑張ってくださいね。応援しています!」

 ……結局、出たのはそんな言葉。
 それは、本心だったが、本当に言いたい事とは違う気がした。
 でも、今言える言葉は、それだけだった。

「……おう!任せろ!」
「頑張るわ~」

 二人は、それに笑顔で応える。
 愛名にとってはそれが、とても嬉しくて、とても申し訳なかった。

 そしてもう一度、深く頭を下げて、愛名は秘密基地を後にした。
 ドアの閉まる音が、いつもの何倍も大きく聞こえた――――。

        第14回につづく。

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