オリジナル小説『私イズム!』第5回。
第一章
[レバーを一瞬下に入れてからジャンプすると大ジャンプになるからそんな感じで飛べ] その4
「…正直、少しショックですぅ……。私も結構練習したんですよ…もうちょっと通用すると思ってました……」
落ち込みを隠そうともせず、呟く愛名。
それもそのはず、結局三戦したが、結果は、愛名の全敗。
しかも、1ラウンドも取れない、完全なる敗北だった。
「ん~…格ゲー暦ってどのくらいなの?」
キッチンから持ってきたジュースとお菓子を愛名にも振舞いながら、菜射は尋ねる。
「え~と……半年位でしょうか…本格的に始めたのは、3ヶ月前です」
「『PWM』以外は何かやってる?」
「いえ、これだけです」
話しながらも、勧められるままに、ビスケットに手を伸ばす愛名。(……あ、美味しい)
「じゃあ仕方ないさ。私はもう子供の頃から色んな格ゲーやって育ってるからね、経験が違うもの」
「……そうなんですか?」
「うん、それに、ゲーム友達も居ないって言ってたろ?格ゲーは実戦経験が大事だからさ、CPU(コンピューター)相手に幾ら練習しても、実践で通用するかは別問題なのさ。……昨日みたいな素人相手ならまだしもね」
ふむふむ、と大きく頷く愛名。
確かに、CPUには有効だった戦法や動きが、今まで考えもしなかった動きで返されたのは衝撃だった。
あれが、実践経験の強み……!
愛名は、自分が強く拳を握っている事に気付いた。
と、同時に、手に持っていたクッキーをペキっと割ってしまって、「あわわっ!」と慌ててしまったりしたのだが、そんな中でも愛名は、躍りだしている自分の心が止まらない事に気付いた。
……面白いです…!
私が居る場所は、まだまだ入り口…!
もっと、もっと深い部分まで見てみたい!
今までに無いほど、期待に高まる胸。
それに気付いたのか、菜射は笑顔を浮かべて、「もうひと勝負しようか!」と声をかける。
「ええ!お願いします!」
愛名もそれに応え、手を綺麗に拭いてから、再度勝負が始まった…。
その後、五戦したが、結局愛名は勝てなかった。
けれど、感じていた。
今までとは違う、「生きた戦い」を。
それが、自分を少しずつ成長させている事を。
そして何よりも、同じものが好きな相手と、一緒に過ごす時間の楽しさを……。
「―――そういえば、ここって、菜射さん…のお家なんですか?」
対戦もひと段落して、まったりとお菓子タイム。
つい数分前に、「三葉さん」と苗字で呼んだら酷く嫌がられ、名前で呼ぶことを強要されたが、愛名はまだ少し慣れない。
しかし、菜射が言っていた「秘密基地」と言う言葉を思い出し気になったので、思い切って質問してみる。
「違うよ、言ったろ?秘密基地だって」
「それは覚えてますけど……それって結局どういうことなのか・・・」
「ん~…ま、簡単に言えば、ゲーム仲間が集まってゲームをするために借りている部屋、かな?」
「ええっ?」
ゲームの為だけに部屋を?
「なんて言うかさ、色々な事情で、自宅でおおっぴらにゲーム出来ない仲間が何人か居てさ、じゃあ部屋借りちゃおうか、ってさ」
「……借りちゃおうかって…未成年がそんな簡単に部屋を借りられるんですか?」
「うん、まあね。その仲間の中に、とんでもないお嬢様が居てさ、そいつの会社が所有してるマンションなんだ、ここ」
「ああ、なるほど。それなら・・・」
自分もお嬢様で、家は大会社を経営している愛名なので、その説明に対する驚きはあまり無いようだ。
「けどまあ、だからってタダで使うのも悪いから、少しずつお金を出したり、皆で食べるお菓子や飲み物を買ってきたりとかしてる、って訳だ。それでも、普通に借りる事を考えたら、どっかの役人や政治家並みの優遇割引なんだけどな」
へ~…と愛名は感心する。
……考えてみれば、自分も家ではこっそりゲームをやっている。
もし家族に格闘ゲームをやって居る事が知られたら、頭が固く、考え方が古い両親や祖父母はどんな反応をするか……想像しただけでも恐ろしい。
…そう考えると、事情は異なれど、家でゲームが出来ない人は、居てもおかしくないですよね…。
と、そんな風に考えて納得する。
「……じゃあ、今度はこっちから質問して良いか?」
話が一区切り付いたところで、新しい話題を振って来る菜射に、愛名はお菓子を頬張りながら頷く。
「愛名はさ、どうして格ゲー始めたんだ?正直、あまり女子が興味を持つものじゃないだろ?」
格闘ゲームは、どちらかと言えば男の世界だ。
もちろん女性ファンも居るが、全体的な比率で言えば確実に男の方が多い。
特に、ゲームセンター等で本格的に対戦をしている人種ともなれば、女性の数はなおさら限定される。
だと言うのに、お嬢様な愛名がどうしてそこへ入ってきたのか、菜射が疑問を持っても不思議は無かった。
「そう……ですね。…えっと、私って元々、ちょっとアニメとかゲームとか、わりと好きだったんですよ」
ここまで来たら全部話してしまった方がスッキリするのではないか、という感情が湧いた愛名は、少し照れながらも話し始める。
「へ~、オタなの?」
「……オタ?…ああ、オタクさん達の事ですか?う~ん……どうなんでしょう?私、そういう方と接する事が無いので、客観的に見て自分がオタクさんなのかどうかは判断しかねるんですけど……胸を張って断言できるほどに深くは無いと思います」
「ふ~ん……それで?」
「それで、ですね。格闘ゲームにもちょっと興味は有ったんですけど、イマイチきっかけが無くて、手を出せずに居たんですよ」
愛名は、記憶を辿るように、少し上方に視線を向ける。
「けれど、ある時、偶然見た深夜のテレビ番組で、『PWM』の大会の様子が放送してたんです」
「ああ……!たしか、ケーブルテレビか何かで放送してたよな、アタシも見た見た」
「菜射さんも見てましたか!?」
驚いて聞き返す愛名に対して、当然、とばかりに頷く菜射。
今まで、クラスメイトなどに探りを入れる意味で、解る人には解る、程度の話を何気なくふった事はあったが、誰ひとりとして反応してくれる相手がいなかっただけに、この同調にテンションゲージが跳ね上がる。
「なんともなくその番組を見ていたら、優勝したのが女の人だったじゃないですか!」
さらにその時の興奮を思い出したのか、語気が強くなる愛名。
「それだけでも驚いたんですけど、それがもう、素人の私から見ても華麗な戦いで、しかもその女の人が凄く素敵な美人さんで…!私……その、憧れたと言いますか……あれほどの見目麗しい女性が百戦錬磨の男の人達の中に混じって、一番になれるなんて凄い事です!……それで興味を持って、試しにゲームを買ってみたら、どんどん夢中になってしまって…」
自分の感じた興奮と喜びをどうにかして菜射に伝えようと、熱弁を振るう愛名。
だが、菜射は徐々に、笑いをこらえるような仕種を見せ始め、最終的には大笑いを始めた。
「……ちょっ…ちょっと、どうして笑うんですかぁ?」
それに対して、少し不機嫌になる愛名。
「あははは!いや、ごめんごめん……そうかそうか……それじゃあ…」
と、その時、玄関の方から音がした。
ドアを開き、廊下を歩く音だ。
「……おっ?誰か来たみたいだ」
「え?え?ど、どうしたらいいんですか?私、どこに居たらいいんですか?」
突然の訪問者に、慌てふためく愛名。
菜射に招かれたとは言え、「秘密基地」に入り込んだ部外者がどういう扱いを受けるのか、愛名の全身を不安が駆け巡る。
「落ち着けって、愛名は客なんだからさ。アタシが紹介するよ」
そう言って、菜射は立ち上がりつつ、つられて立ちあがろうとする愛名を手で制して、玄関に繋がるドアを開ける。
「よっ、待ってたよ!ベストタイミング!」
外へ向かって話しかけると、女性の声が返ってきた。
「あら~?来てたのね~」
愛名の位置から姿は見えないが、なんだかとてもゆったりとした、柔らかな声に、緊張が少しだけ緩む。
「ちょっと紹介したいヤツが居るんだけど、いいか?」
「紹介ですか~?お友達~?」
「おう!大親友だ!」
いつの間にですか?と愛名は心の中でツッコミを入れつつも、ちょっと嬉しかったりもする。
「愛名って言うんだけどさ、なかなか見所が有ると思うぜ」
緊張して、意味も無く髪やら服の袖やらを直す愛名の前に現れたのは、年齢で言えば二十歳前後だと思われる女性だった。
ふわふわのウェーブがかかった、少し色素の薄い薄茶色の髪がさらさらと揺れ、白を基調としたゆったりとしたワンピースに身を包んだ女性は、深窓の令嬢という言葉がよく似合うような高貴さを持っていて、愛名は一瞬で目を奪われた。
(なんて綺麗な人…!)
思わず見惚れてしまう愛名に、女性から声がかけられる。
「あら~、こんにちは~。はじめまして~」
綺麗なお辞儀で深々と頭を下げられ、愛名も慌てて挨拶を返す。
「あ、こ、こんにちは!はじめまして!綾塚 愛名です!」
「愛名さん?素敵な名前ですね~。わたくしは、幸谷 幸果(こうたに ゆきか)と申します~」
幸谷 幸果さんかぁ……名前の通り、幸せをまとってるみたいに暖かい雰囲気の人だなぁ…。
――――――――――ん?…幸谷…幸果さん……?
どこかで聞いたことが有る様な…と愛名は記憶をフル回転させる。
記憶を喚起させる為に、もう一度、今度はしっかりと、彼女の顔を見る。
「……?……あ……ああっ!」
バシッ!と電気が走ったように、記憶が蘇る。
「どうかしましたか~?」
驚きのあまり、口をパクパクさせる愛名に、心配そうに声をかける彼女、幸谷 幸果は―――
「アタシから、改めて紹介するよ」
戸惑っている二人の間に、菜射が割って入る。
「この人は、幸谷 幸果。前回の「PWM」全国大会、個人戦部門で優勝した、幸谷 幸果だ」
愛名がゲームを始めるきっかけとなった、まさにその人であった。
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