オリジナル小説『私イズム!』第6回。
第二章
『ダッシュの最中はすぐにガード出来ないから、思い切って無敵技をぶっ放すのも選択肢の一つ』 その1
「お帰りなさいませ、お嬢様」
愛名が自宅のドアを開けると同時に、初老の執事が出迎え、うやうやしく頭を下げる。
「ただいま、ルガール」
そう呼ばれた執事ルガールは、そっと手を差し出す。
「お荷物を」
「いえ、大丈夫です。自分で持てますから」
愛名はこの、他人に荷物を持たせる、と言う行為が苦手だった。
なんだか凄く偉そうと言うか……ともかく気が引ける。
「そういう訳には参りません。これも勤めでございますので」
だが、執事としての責任感から譲らないルガール。
強く言えば、きっと引き下がるのだろうが、そこまでして断るのもそれは違う気がする……。
「………解りました、ではお願いします」
結局カバンを渡した愛名は、そのまま部屋へ向かう。
きらびやか過ぎる位に装飾された廊下を歩く愛名の後ろを、ルガールが三歩下がって付いてくる。
それを気にしつつも、少し急ぎ足で歩を進め、ようやく部屋の前に辿り着き、ドアを開けようと手を伸ばしたその時……
「あら?愛名さん帰ってらしたの?」
そう聞こえた声に、愛名の体がビクっ!と震えて止まる。
だが、それを悟られないように、平静を装い言葉を返す。
「…お母様、ただいま戻りました」
その言葉どおり、声の人物は愛名の母、綾塚 ちずるだった。
「今日は遅かったのね。何をしてらしたの?」
語気に潜む、責める様な雰囲気が愛名の心を萎縮させる。
「そ…その、友人と勉強会を」
「あら、そうなの?それは良い事ね。あなたは綾塚家の娘なのですから、常に誇れる存在で居なければなりません。その為にも勉強は必須ですからね」
にっこり、とそんな擬音が見えるような笑顔を見せるちずる。
愛名はその笑顔に、どこか薄ら寒いものを感じていた。
実の娘に対する笑顔なのに、どうしてこんなにも作り笑顔に見えてしまうのだろう…と。
「お母様、わたくし着替えますので失礼いたします」
「ああ、そうね。引き止めてごめんなさい」
「いいえ。お気遣い感謝します」
表面上は丁寧に笑顔で、しかし内心は逃げるように、ドアを開ける。
ルガールからカバンを受け取って、後ろ手にドアを閉めると同時に愛名は、「はぁ~~」と大きくため息を吐き、その場に座り込む。
無駄に広すぎる部屋を見つめたまま、ドアに体重を預ける。
一分ほど、そうしていたが、制服がしわになっちゃう、と気付き、慌てて立ち上がる。
ゆったりとしたワンピースタイプの部屋着に着替えて、天蓋の付いたベッドに体を預けた。
「ふぅ……」
今日一日の疲れが、ゆっくりと癒されていくのを感じて、ようやく心を落ち着ける。
「勉強会…か」
先ほどの自分の言葉に、自嘲気味な苦笑いを浮かべる。
「まあ、間違ってはないわよね。うん」
ただ勉強の内容が、格ゲーだって言うだけで……。
愛名は、そっと目を閉じ、思い出す。
幸谷幸果との出会いを……。
・・・・・・
「ほ、本当ですか?本当に幸谷さんですか?」
にわかには信じられず、本人に確認しようと声をかける。
「え?ええ……確かに私は幸谷 幸果ですけど~……どうしましたか~?」
明らかに、動転した様子を見せる幸果。
それに気付き、愛名は頭を下げる。
「あ、す、すいません!その…私…その!」
あまりの感動と驚きに、言葉が上手く出てこないで居ると、菜射が横から助け舟をだして来た。
「愛名はさ、ゆっかねえ姉に憧れて格ゲー始めたんだってさ。よっ!このこの!モテる女は辛いねぇ!」
「ちょっ…ちょっと!菜射さん!」
なんだか恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしながら、菜射の口をふさごうとする愛名。
「あははは!まあいいじゃんいいじゃん!」
だが、菜射は意に介していないようだった。
「……もう!」
諦めと怒りが入り混じったような一言を言ってから、愛名は幸果に向き直る。
「あ、あの、その」
だが、やはり上手く言葉にならない。
「今の話、本当なの~?」
と、幸果の方からそう声をかけられた。
愛名は、焦って、「は、はい!そうなのであるのですよ!」と、妙な返事を返してしまった事も、よくわからない位にテンパっている。
「あらら~!それって凄く嬉しいわぁ~。こんな可愛い子に憧れられるなんて~!ありがとう、え~と……愛名ちゃん。…で良かったわよね?」
その瞬間、愛名の全身から、湯気が噴出したのではないかと思うくらいの、熱量が感知された。
「は、はい!愛名です!綾塚、愛名!よろしくお願いします!」
自己紹介はさっきもした、ということは既に頭から飛んでいた愛名は、二度目の自己紹介をしてしまった。
(あ、憧れの幸谷さんが、私の名前を!あぁ…名前を呼んでいただけるなんて…!しかも、可愛いですって!私を可愛いって言ってくださった!きゃ~!)
愛名は、桜色に染まった頬に手を当てながら、もはや、頭の上をひよこが飛び回っているくらいの状況だ。
普段からわりと褒められ慣れている愛名だが、憧れの人から言われるそれは、全く違う感情を生むのだと、初めて知った。
「そう~…じゃあ、愛名ちゃん。一度対戦しましょうか~?」
そこへさらに、ダウン追い討ちの様な一撃。
た、対戦!?
憧れの幸谷さんと!
「よ、よろしいんですか?私のような素人同然の人間が、幸谷さんと対戦だなんてそんな…!」
「もちろんよ~。あ、それと、わたくしの事は幸果、って呼んで欲しいかも~」
な、名前で!
名前で呼ぶっ!
「ゆ……ゆき…幸果さ・んっ!」
完全に、「ん」の部分で声が裏返った。
「うん!嬉しい~」
それはもう、眩しいくらいの笑顔を見せて喜ぶ幸果。
(はうはうぁ~……!キレイ~可愛い~!)
幸果の笑顔には、見るものを魅了する美しさが、確実に存在した。
それは異性・同姓問わない、純粋なる魅力だった。
「じゃあ、やろ~!」
お~!と一人拳を付き上げてかと思うと、愛名の手を握り、テレビの前へと導く。
(きゃう~…!手、手ぇ…!)
愛名はもう、脳みそが沸騰しないように祈るしか出来ない。
混乱している間にも、着々と準備は進み、キャラ選択画面に。
愛名は、手が覚えているのか、殆ど無意識でもチココを選択した。
「あ、チココ使いなんだぁ~…ん~…じゃあ、わたくしもチココで~」
「え?」
愛名は、少しだけ冷静さが戻るのを感じた。
幸果さんがチココを?
大会で見た幸果の使用キャラは「宗義(ムネヨシ)」。
甲冑に身を包み、刀で戦う主人公キャラの一人で、飛び道具、無敵対空技、突進技、と一通りの使いやすい技が揃っているスタンダードなキャラクターだが、連続技の威力の高さと、どのキャラとも対等に戦える苦手キャラの無さで、ダイアグラム(キャラクターの強さを表にした、いわばランキングのようなもの)では、確実にトップ3に入る強キャラだ。
「宗義じゃないんですか?」
「うん~本当はわたくし、可愛い女の子とか大好きなの~!だからチココ使いたいんだけど、やっぱり勝つ事を第一に考えると、宗義になっちゃうのよね~…だから、メインは宗義なんだけど、サブでチココも使ったりしてるのよ~」
そこで愛名は思い出した。
愛名が、「可愛い女の子が好き」と菜射に行った時の返し……「凄く身近に似たような趣味の人間が居る」、確かにそう言っていた。
それって、幸果さんの事だったんだ!
気付いた瞬間、愛名の体温はまたしても急上昇。
憧れの幸果さんがわたくしと同じだなんて…!あはぁ~…!
ぽや~としている間に、テレビからは『勝負、開始!』の声。
ぽやぽやしたままで、しばらくの間手癖だけで動かしていた愛名。
だが、隣から聞こえる妙な声に気を取られる。
「きゅふっ…!きゅふふふっ!」
……幸果…さん?
幸果が、妙な笑い声を上げているのだ。
実に楽しそうではあるのだが、少し怖くもある。
ちらりと菜射に目を向けると、口に人差し指をあてて、「しぃ~」のポーズ。
……とりあえず、今は何も言わないでおいた方がよさそうだ。そう判断してゲームに集中する愛名。
しばらくは、普通に対戦していたのだが……少しずつ、だが確実に、自分の体に戦慄が走るのを実感していく。
「……………!」
それは、言葉にならない衝撃。
幸果の動きは、巧い、なんて言葉では片付けられない程だった。
同じチココを使っていながら、この動きの差が信じられない。
確かに同じキャラで、同じ技のはずなのに、どうしてこんなにも……!
幸果の動かすチココは、その動き一つ一つに確実な意味と狙いが有り、それらが効果的に愛名を幻惑させる。
愛名の攻めは確実に凌がれ、攻められれば確実にダメージを取られる。
あまりにも、圧倒的な実力の差……!
菜射の時とは話が違う。
もちろん菜射も強かったが、それでも、キャラの強さに差が有る、というのが僅かに救いだった。
どこかで愛名は、チココだから勝てなくても仕方ないと、そう考えていた。
けれど……今回は相手もチココ。
しかも、今まで自分が見たことも、考えた事も無いような連携、連続技……。
いつの間にか愛名は、見惚れていた。
自分の下手さを思い知らされたショックは確実に有る。
でも、それ以上に、憧れた。
チココでも、こんな動きが出来る。
私も、こんな風に動かせるようになりたい……!
その瞬間、愛名にとって幸果は、憧れであると同時に、目指すべき目標になった。
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